呂宋助左衛門-秀吉に茶器と称して便器を献上

ケンカ?銭でしょ!

日本史の華、戦国時代。
ケンカナンバーワンを目指し、全国の大人達がリアルファイトを繰り広げていた。

この時代、ド派手なケンカ話がイッパイある。
なので、日本全国、一人残らずケンカナンバーワンを目指して、寝る暇惜しんでケンカしまくっている印象がある。
でもそれは、おエラいおサムライさんとその家来達の世界。
したたかな商人達は、そんなケンカ旋風が吹き荒れる中、相変わらず銭集めに勤しんでいた。

海の外は大航海時代。
スペインやポルトガルなどの腹ドス黒商人達や、それとつるむアジアのこれまた腹ドス黒商人達が、あんなことこんなことで大儲けしていた。

「僕たちもあやかりたい!」

日本の腹黒商人達も、他のアジア腹黒商人達と同じように、海へと飛び出していった。

日本の腹黒商人は、日本の外のあちこちに 日本町 を作り、銭集めをしまくった。
以下は、有名な日本町があった場所。

  • ホイアン (ベトナム)
  • マニラ (フィリピン)
  • プノンペン (カンボジア)
  • アユタヤ (タイ)

f:id:osajiru:20141030070757j:plain

そんな商人達の中に、とびっきりの腹黒商人がいた。
それは、 呂宋助左衛門

呂宋助左衛門の金儲け術

呂宋助左衛門は、 の貿易商、 納屋才助 の子として産まれた。
本名は、 納屋助左衛門
「呂宋」は、フィリピンのマニラがある ルソン島 から来ている。

堺は当時、「東洋のベニス」と言われた自由商業都市。
買いまんねん、売りまんねん、という声が四方八方から聞こえてくる、ステキなサムシングに溢れた都市だった。

呂宋助左衛門は、 織田信長豊臣秀吉 にうまいこと取り入り、御用商人として、いい感じに儲けていた。

そんな中、豊臣秀吉により、 第一次朝鮮出兵 が行われた。

てんやわんやの日本。

「てんやわんやしてるゾ」

呂宋助左衛門は、このてんやわんやで、いくら儲かるかを銭換算し、ニンマリとした。
そして翌年、こっそりフィリピンに出兵する。

日本の強みは、ケンカ慣れした人達がイッパイいること。
呂宋助左衛門はその強みを活かし、金に困った浪人を100人ほど雇って、フィリピンのルソン島に繰り出したのだ。
この時期は、 倭寇勢力が崩壊 した頃なので、その残党的な人達を雇ったのではないかと自分的には思っている。

当時、フィリピンは スペイン領

この辺りにいるスペイン人は、商売を巡るあんなことこんなことで、しばらく倭寇に襲撃されまくっていていた。
倭寇は明の商人が中心。でも戦闘部隊はケンカのエキスパートだった日本人が多かった。
さらには、フィリピンに住んでいた日本人も暴動を起こしまくった。
そんな凶暴すぎる日本人を、スペイン人は超ビビっていた。

呂宋助左衛門は、このビビり具合を銭換算し、ニンマリとしながら東シナ海を渡ってきたのだ。

ルソン島に着くと、さっそくスペイン領フィリピンのボスの縄張りに乗り込んだ。

「仲良くしないと、暴れちゃうゾ。」

そんな感じで異文化交流をした結果、思惑通りガッチリ握手。
早速この握手を銭換算し、またもやニンマリとした。

その後、フィリピンと日本を行き来しながら、あんなものやこんなものを売り買いしまくった。

ルソン壺という腹黒商法

その中で呂宋助左衛門は、「 ルソン壺 」と言われるようになった安い100円ショップレベルの壺を、大量購入した。

「このクソみたいな壺、なんとか売れねぇかな。。。」

そこで呂宋助左衛門は、 千利休 とつるんだ。

「これはいい茶器ですよぉぉぉ。このワビり!そしてこのサビり!」

千利休はケンカ準決勝大名達を煽りまくった。

「ホントだ!これはいい茶器だ!」

ケンカ準決勝大名達はありがたく買っていった。

そんな感じで、呂宋助左衛門は、ややセレブからハイパーセレブへとのしあがった。

ハラキリのピンチ

ケンカもせずに成り上がる呂宋助左衛門。
その成り上がりっぷりに、ケンカ準決勝大名達は黙っていない。

「茶器売ってるなら茶会にツラ貸せや。」

ケンカ準決勝大名達は頻繁に声をかけた。

呂宋助左衛門は、ケンカ強い者順の秩序をわきまえず、ガン無視。
ケンカ準決勝大名達を怒らせた。

さらには、稼いだ金で豪遊三昧。
色んな事をわきまえない呂宋助左衛門の行動に、とうとうケンカ王、豊臣秀吉の怒りを買った。

「オレよりいい暮らししてんじゃねぇ!」

この激怒の原因、茶器と称して秀吉に献上したルソン壺が、実は 現地人の便器 で、それがバレてしまったためという説もある。

でも、ケンカ秩序の頂点からケンカを売られた呂宋助左衛門。
ヤバすぎる状況だった。

千利休はすでにハラキリさせられていた。
順調に千利休が辿った道を辿っていった。

しかし、呂宋助左衛門は、ただの商人ではない。
とびっきりの腹黒商人なのだ。

いよいよハラキリとなる前に、有り余る金を駆使し、さっさと海外逃亡してしまった。
行った先は、プノンペン。

そして、そこの日本町のボスになり、そこでも銭集めに勤しんだ。
さらには、カンボジア国王にも気に入られ、ここでも豪遊三昧をはじめた。

そんまま贅沢三昧をし続け、カンボジアで黒すぎる一生を終えた。

商人と宣教師 南蛮貿易の世界

商人と宣教師 南蛮貿易の世界

千利休

千利休

© 2009-2017 Osajiru All Rights Reserved.