平群広成-ベトナムで捕まりながら平城京に帰れた男

遣唐使と言えば

photo by Tamago Moffle

遣唐使 と言えば、まず 阿倍仲麻呂 を思い出す。

唐で 科挙 の試験に受かっちゃって・・・
官僚になっちゃって・・・
さらには出世しちゃう・・・
という、当時のアジアンドリームを実現。

それが、
帰りたいのに帰れないという悪夢に変わってきて・・・
結局悪夢から覚められずに死んじゃった・・・
的な、ホラーな人生を送った男だ。

その頂点っぷりと、帰れないっぷりが、日本人のハートをガッチリキャッチ。
その結果、不動のトップ遣唐使ストとして君臨しているのだろう。

出世という高さ的な目線で見ると、阿部仲麻呂が遣唐使の頂点と言っていい。

でも。
同じ時代に生きた遣唐使の中に、高さではかなわないが、幅で上回る男がいる。
それが、 平群広成 (へぐりひろなり)だ。

幅とは何か?それは、行った場所の幅。

平群広成は、
古墳時代真っただ中の奈良時代に、 チャンパ王国 というベトナム中部にある国でとっ捕まった。
そしてそこから脱出して唐に行き、さらに 渤海 という平壌からウラジオストク辺りにあった国を経由して、日本に帰ってきた男なのだ。

第9回遣唐使の出発

第9回遣唐使は、阿倍仲麻呂が所属した遣唐使の次の回。
平群広成は、その遣唐使の判官として派遣された。

出発は733年。
この遣唐使の大使(ボス)は、 多治比広成
副使は、 中臣名代

船は4隻で出発し、無事に蘇州に到着した。

平群広成は、留学生ではなかった。
なので、役目を果たしたら、他の外交官的な人達と共に帰りの船に乗る形となった。

第1船には大使の多治比広成。
第2船には副使の中臣名代。
この第2船には、一緒に乗る何十人かの中に、唐人2人と、 なぜかペルシャ人1人 がいた。
そして第3船に平群広成。
それ以外にもう1隻という、4隻に分乗する形で上海付近の蘇州を出発した。

日本どこ?

出発は10月。
台風の季節。
一行は、海のど真ん中で台風に遭遇した。

これやっべ。
誰かが呟いた。

これやっぺ!!
沈んじゃう!!
あんなことやこんなことをする内に、4隻は散り散りになってしまった。

それぞれがどうなったか。

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まずは第1船。
こいつはなんとか 種子島 にたどり着いた。
そして、無事に 平城京 へ辿り着いた。

次に第2船。
こいつは唐に逆戻り。
しかも出発地点より南の 福建 辺りに漂着した。
そして、もう一回チャレンジした結果、無事に平城京に辿り着いた。

そして、第3船を飛ばして、第4船。
こいつは行方不明になってしまった。
おそらく沈没したのだろう。

で、平群広成が乗る第3船はというと・・・
第2船より更に南。
今でいうベトナム中部にある、 チャンパ王国 というところに漂着してしまった。

チャンパ王国からの脱出

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漂着した一行に、いきなり浅黒い肌の兵士達が襲い掛かってきた。

何?!何?!何?!
逃げまくる平群広成一行。

船には100人以上の人間がいた。
が、逃げ回るうちに、平群広成と行動するのは広成の他3人になってしまった。
結局その4人も都に連行され、抑留される羽目になった。

あの時台風に遭わなければ・・・
奈良の都に帰り、そこそこの貴族として、そこそこ幸せに暮らすはずだったのに。

なのに。

こんな謎な人達に捕まって・・・
監視されて・・・
脱走しようにも、まずここドコ?
どっち逃げりゃいいの?

終わった・・・
オレ、終わった・・・・

そう思ったに違いない。

ここは、 チャンパ王国 という、 そう悲観に暮れるある日、たまたまそこに唐の商人が現れた。
おそらくチャンパー王国との交易してた人だと思われる。

おやおや?倭人が捕まってるゾ。
こいつら助けて唐に返せば、金になるかも!

そう思ったかどうかは不明だが、この唐の商人は、彼らを脱走させ、唐の地まで案内をした。

結果、無事に平群広成らは長安に戻ることができた。

唐から渤海、そして日本へ

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でも、唐から日本には、そう簡単には帰れない。
皇帝の許可が必要だからだ。

当時、出世していた阿倍仲麻呂が、皇帝にかけあった。

「まぁ、ボクは唐にとって必要なんで帰るのマズイっすけど、平群広成とか、あんまり使えないんで、日本返しちゃって大丈夫っすよね?」

「うん」

皇帝の許可を取った阿倍仲麻呂は、日本と仲がよかった渤海国行きの船に彼らを乗せた。
当時は、 新羅 と日本が戦争をおっ始めそうな状況で危険だった。
渤海もちょっと前まで唐と戦争していたが、この頃は休戦状態で、多少の行き来があった。
そのため、渤海経由となったようだ。

平群広成は、渤海から日本行きの船に乗り、当時ギリギリ日本だった出羽国に辿り着いて、無事に平城京に戻った。

ちなみに、平群広成の日本帰国に駆け回った阿倍仲麻呂。
ずっと長安にいたわけではない。

当時、ベトナム北部は唐の領土。
このベトナム北部辺りの総督として、この地で勤務したことがある。

1番になれなくても、「オレも行ったよ」的な感じで、確実に顔を出す、阿倍仲麻呂。
抜け目の無い男だ。

それでも、唐を越えてチャンパ王国まで行き、満州辺りの渤海を経由して日本に帰った平群広成。

この時代では、ダントツの幅ナンバーワンだったろう。

天平グレート・ジャーニー─遣唐使・平群広成の数奇な冒険

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遣唐使 阿倍仲麻呂の夢 (角川選書)

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