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平安オシャレ貴族の毛皮ブーム

photo by aurelio.asiain

奈良時代、平安時代。
この頃の貴族の衣装といえば、男性は黒い束帯に烏帽子、女性は十二単衣的な格好を思い浮かべる。

でも、この時代、何気に 空前の毛皮ブーム が続いた。

かぐや姫の話でも、結婚を迫ってくるヤロウ共に対し、 火ネズミの毛皮 をクレクレ要求している。
今と同じく、毛皮はセレブの象徴だったのだ。

しかも。
今は、毛皮はセレブ憧れがキッツイお姉様方が欲しがるものでしかない。
が、この時代は、マロでおじゃるなヤロウ共も毛皮が大好物だったのだ。
なんとタチが悪い。

そして、この毛皮ブーム、 ある国 との交易によって火が付いた。

渤海使

その国とは 渤海
奈良時代から平安中期辺りまで、遼東半島から平壌を越え、さらにはウラジオストクを越えた辺りまでを領地として存在していた。

この渤海。
に滅ぼされた 高句麗 の遺臣達が、満州辺りにいた 靺鞨人 を巻き込んで建国した。
なので、唐は仇敵。唐も渤海を国として認めていなかった。

でも、東アジアの国際関係は唐の 冊封体制 によって成り立っていた。
唐と仲良くしないと孤立する。

いや、待てよ・・・
日本がいる!

日本は、 白村江の戦い で唐と戦争して破れ、その後も緊張関係が続いていた。

日本と関係を結び、うまいことやっていこう。

こうして、渤海の使節が日本にやってきた。

この渤海使、手土産に 黒貂の毛皮 300張を持ってきた。

朝廷の貴族達はこの渤海使の手土産を受け取った。

「うわ!!なんという素晴らしい毛皮でおじゃるか!!  
いいでおじゃる!!  
スゴくいいでおじゃる!!」

日本の貴族達は度肝を抜かれた。

毛皮なんて、日本でもタヌキとかキツネとか取れるジャンと思うかもしれない。
全然違う。

黒貂といえば、 セーブル と呼ばれ、今でも毛皮の 最高級品
しかも、ロシアで取れる ロシアンセーブル最高級品の中の最高級品 だ。

試しに「ロシアンセーブル 値段」でググった結果を見て欲しい。
検索結果に、下のような広告が表示される。
もう舌打ちが止まらなくなるハズだ。

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渤海の辺りは、今ではロシア領。
この時もたらされた黒貂の毛皮は、そんなレベルの毛皮なのだ。

空前の毛皮ブーム到来

渤海は使節を送る度に、日本に毛皮をもたらした。
黒貂だけではなく、虎や豹、ヒグマなどの毛皮ももたらした。
あとはおまけで蜜くらい。

使節が来る度に京都はお祭り状態。
バーゲンでの大阪のおばちゃん状態だったと思われる。

使節は1、2年に1度程度。
この当時の船では、大した量も持って来られない。
もう全然足りないのだ。

毛皮の法令

数が足りない。
エライ人達は思う。

オマエの物はオレの物。
オレの物はオレの物。

そこで、毛皮についての法律を作ってしまった。
以下、『 延喜式 』ド要約。

まず、虎の皮。  
これは超イケてるとは言えないんで、従五位以上の人達は、身につけてOK!  
次に、ヒグマの皮。  
こいつも超イケてるというほどでもないんで、従五位以上の人達は、使ってOK!  
豹の皮。  
こいつは結構イケてるんで、従三位以上じゃないとダメ!  
そして、貂の皮。  
こいつは超イケてるんで、従三位の中でも参議以上じゃないどダメ!ダメー!

こんな感じで、平安貴族達のシャレオツ競争が歯止めをかけないとニッチもサッチもいかないようになってしまったのだ。

シャレオツ競争の頂点

平安神宮

シャレオツ競争の頂点。それは西暦919年に来た。
それは34回目の渤海使を饗す宴席でのこと。

時期は6月。京都の平安京。
京都の夏といえば蒸し暑い。

渤海使節の 斐璆(はいきゅう)は、黒貂の衣を着て出席した。

「おやおや、このクソ暑いのに、毛皮なんて着ちゃって・・・  
見てるこっちが暑苦しいでおじゃる・・・  
夏はマロ達みたいに布がいいでおじゃるよ・・・・」

日本の貴族たちは、ヒソヒソと話したに違いない。

そこに、嵯峨天皇の子、 重明親王 が登場した。

その姿が全員をドン引きさせ、平安京の周囲10kmを真空状態にした。

重明親王は、 黒貂の衣8枚重ね着 という、高度過ぎるオシャレテクを炸裂させて登場したのだ。

「どうだマロ、シャレオツじゃろぉぅ?」

汗だくながら、満足気な重明親王。
オシャレは我慢 」は、平安時代には既にはじまっているのだ。

この記録は、重明親王自身が、日記の『 江家次第 』に記載している。
マロ、ヤってやったでおじゃる的な気分で記載したのだろう。

ちなみにこの重明親王。 源氏物語 の主人公、 光源氏 のモデルの一人と言われている。

渤海の崩壊

この後すぐに、渤海は、 契丹 に滅ぼされる。
契丹も日本と交流したいと使節を送ってきたが、友好国の渤海を滅ぼした国として、交流を拒否した。

結果、毛皮は蝦夷経由のもののみとなった。
その毛皮は、ラッコやアザラシなどの海獣類、鹿、熊など。

平安貴族を毛皮ジャンキーにさせるようなものは無く、毛皮ブームは沈静化していった。

渤海国 (講談社学術文庫)

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源氏物語 完全版

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