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ばさら者。室町アナーキスト達。

ばさらとは

photo by sjrankin

「ばさら」。それは、何も恐れず、 見た目も行動もド派手にやりたい放題すること
今でいうと、ジャスティン・ビーバー。それかチョット前の「オレサマ来た〜」のころのチャン・グンソクのような感じか。(あれは商売用のキャラ作りか・・・)

鎌倉時代末期から室町時代初期 にかけて流行った。
その流行りが、アンチ権威で実利を重視する現実主義な行動に繋がり、 鎌倉幕府を倒す原動力 になった。
アンチ権威。アンチ秩序。 アナーキズム だ。

漢字で書くと「婆娑羅」。
これはサンスクリット語(古代インド語みたいなもの)の「ヴァージラ」から来ていて、それが中国語になって、さらにそれが日本語になったもの。

元々の意味は「 ダイヤモンド 」。
でも、この頃ダイヤなんて無かったので、何かすんごい石的な感じでしか無かったように思う。
で、そこからド派手でやりたい放題ぶち撒ける的な意味になったと思われる。

なので、「ばさら者」とは、今の言葉で言うと「 ダイヤモンド野郎 」だ。

それを常に頭の片隅に置き、ダイヤの指輪やネックレスを着けてるセレブな淑女を見つけた時は、「あらあらこの人、ばさらな石ぶら下げてるよ」という感じで見ましょう。

ばさらは何で流行ったの?

photo by Maki_C30D

なんでこの超封建的で、言いたいことも言えないこんなポイズンな世の中の鎌倉時代に「ばさら」が流行ったのか。ボクなりに考えてみた。
この3つがデカイハズ。多分あってると思う。

  • ボク達、食えるようになったよ!
  • 幕府ナンボのモンジャイズム
  • 朱子学でオレたち最先端

ボク達、食えるようになったよ!

まず、この頃、 中国から 貨幣がイッパイ 入って来ている。これを使うようになって、 商業が発達 した。マネー革命だ。
そしてこの時代、 農業技術が超上がってる 。野菜が凄まじく取引されるようになって、更には漬物的なものもたくさん取引されるようになってる。
ただ食えるだけじゃなくて、より美味しいものを、そんなに上流階級じゃない人達も求めるようになっているのだ。
余裕が出てくると、今度は「イイコトしようゼ」が出てくる。イイコトの中には、イイコトもあるけど、 田楽とか猿楽 とか文化的なことも含まれる。
この流れで、観阿弥・世阿弥が出てきて、能とかも出てきて、ついには野村萬斎が2013年度ベストファーザー賞をもらうことまでになった。

そんな文化的なことが盛んになる中で、 自分を表現する欲求 が出てきたのだ。

幕府ナンボのモンジャイズム

鎌倉幕府は元寇を切り抜けたけど、ダメージがハンパなかった。
元寇から帰ってきた家来達は、幕府へ報告に行った。幕府のエライ人は言った。
「よくやった。だが、褒美は無い。」

オレ、御家人。35歳。嫁あり。子供あり。家来あり。こっそり外に愛人あり。お金、なし。

幕府に泣きつく御家人達。
そして幕府は、英断を下す。

「皆さん、これから大事な発表をします!
ボク達、幕府メンバーの借金、チャラにしまーす!」
徳政令 だ。

御家人、大喜び。
でも、金貸しは思った。
「幕府、シンジラレナーイ!」

金の切れ目が縁の切れ目。 幕府の信用がどんどん落ちていった

その流れで、 幕府ナンボのモンジャイズム が生まれた。

朱子学でオレたち最先端

この頃、中国から入ってきた「 朱子学 」が広まってきていた。

この朱子学、超要約すると、

あなたの本性は善です。  
でも周りのあんなことやこんなことに煩わされると、「情」が生まれて「欲」となります。  
欲は悪です。  
なので、イッパイお勉強して「ブレないオレ」であり続けなさい。

だ。
ブレないオレは、権威にもブレない。朝廷や幕府の権威にもブレない。

ばさら者列伝

photo by antefixus21

空前のばさらブーム。
「乗らずにはいられない、このビッグウェーブに!」
ばさら者が「ばさら」な事をしでかす度に、庶民が喝采し、それがさらに「ばさら」を煽った。
特に有名なばさら者として、

  • 高師直
  • 土岐頼遠
  • 佐々木道誉

がいる。

高師直

足利尊氏の側近中の側近だった高師直。

『太平記』ではこんなセリフが出てくる。

「都にいる王はたくさんの土地を持ち、内裏や院の前では下馬しなくてはならない。  
面倒だ。  
王だの院だのは木か金で作っておいて、生きている院や天皇は流してしまえ」

さらには、他の武将や貴族の嫁に手を出しまくる生き様。
その他、あんなこんなの悪行三昧に、最終的に足利尊氏の弟、直義に暗殺されてしまう。

『太平記』は物語で、高師直は悪役なので脚色激しいかもしれないけど、ばさら者であることは間違いない。

土岐頼遠

足利尊氏に仕えた勇将。
この人も天皇に対して狼藉を働いた。

ある日、笠懸(馬に乗って弓を射るヤツ)大会の後で、酒を飲みまくって仲間や家来達と帰っていた。
そこで、光厳上皇の牛車(ぎっしゃ)と出会った。
本来であれば、馬を降りて道を譲らないといけないところを、道を譲ろうとしなかった。
上皇側は、

「これなるは院の御幸なるぞ」

と言って、上皇であることを知らせた。

ここで、この土岐頼遠

「院と言ったか、犬と言ったか。犬であれば射てやろう。」

と言って、矢を放ってしまった。
結果、これまた足利直義に捉えられ、斬首にされてしまう。

佐々木道誉

ばさら者として一番有名なのが、佐々木道誉。
足利尊氏の盟友で、室町幕府の中枢になった武将。
上で挙げた世阿弥の大パトロンになったことでも有名だ。

足利尊氏をそそのかす

後醍醐天皇が建武の新政を始めたあと、足利尊氏は天皇に警戒されて政権の中枢に入れなかった。
これに悩む尊氏に、佐々木道誉はそそのかす。

「天皇、ヤっちまおうゼ。」

が、後醍醐天皇の命で追討軍としてやってきた新田義貞に、これはヤバイと思い、即降参。
で、足利軍が盛り返すと、いきなり新田義貞を襲うという鬼畜の所業をカマした。

妙法院御所焼き討ち

一族や家来を連れて鷹狩りに行った時、比叡山の妙法院というランクが高いお寺のボス達と一緒になった。
その途中で、佐々木道誉の家来が紅葉の枝を折り、それを妙法院のボスが叱った。

これに佐々木道誉が、ブチ切れる。

「御所とは何ぞ、片腹痛い」

と言って、みんなで紅葉の枝を折りまくり、さらにテンションが上がった佐々木道誉達は、数百騎の手勢で妙法院御所に押しかけて、焼き払ってしまった。

結果、上総国に左遷命令。

佐々木道誉は、これに従った。
が、付き添い数百人全員にウグイスのカゴを持たせ、猿の皮で作った腰当てを尻に当てて東へ向かった。
ウグイスは、当時のセレブの象徴。猿皮を腰に当てたは、日吉神社の神である猿神を貶したもので、日吉神社は比叡山の地主神。
こんな格好でタラタラと進み、休憩の度に酒盛り、宿でも遊女を呼んで酒盛りという感じだった。

結局尊氏に呆れられ、もういいよと呼び戻される始末。

ド派手花見大会

尊氏が死んで、室町幕府の中心人物になると、同じように中心人物だった 斯波高経 との勢力争いで、色々とメンツを潰されることとなった。

ここで佐々木道誉は、斯波高経が開く、将軍御所での花見大会に目をつけた。
この開催日と同日に、別の場所で大宴会を開いた。

そこでは、桜の木4本に直径3mくらいの真鍮の花瓶をくっつけ、デッカイ生け花を作った。
さらには、普通は耳かき1杯くらいの感じでチョビチョビ使う、ブランドもののお香を、一気に600gも焚き上げた。

世間の注目は一気に佐々木道誉側に行ってしまった。

だから何なの?

でも今の時代、こんなことをしてしまうと、テレビで
「容疑者は、犯行理由について、ムシャクシャしてやった。今は反省している。と述べている」
とカッコ悪く報道されてしまう型逸話だろう。

でもこれは、この時代の最高の表現。

織田裕二の
「地球に生まれて良かったーーー!!」
の室町時代版表現なのだ。

私本太平記 全巻⇒1冊に収録

私本太平記 全巻⇒1冊に収録

佐々木道誉

佐々木道誉

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