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上毛野氏がいっぱい

古墳の時代


大和朝廷というと、奈良時代あたりを思い浮かべる。
奈良時代と聞くと、この時期の歴史的建造物とかがあるので、みんなちゃんとした建物に住んでいる的なイメージがある。
が、この時期はバリバリの古墳時代
ピラミッドと似たことはじめました的な時代だ。

古墳と言えば、前方後円墳。他にも色々あるのに、学校での日本史の教科書では、これを猛プッシュ。やたらにオススメしまくっていた。
その前方後円墳が見つかる北限は、宮城•山形辺りとなっている。
その辺りまでは、大和朝廷と文化的に密なつながりがあったことを示していると思う。

となると、~だべ、~だべと横浜弁を華麗に使いこなすボクとしては、関東どうなってんの?ということが気になってくる。

関東でも前方後円墳は大量に発見されている。
特にデカイのが見つかっているのが、群馬•栃木辺りだ。
近畿圏にあるいくつかバカデカイやつを除くと、日本最大級のものがいくつもある。
大和朝廷とうまいことやってる上に、ここら辺をうまいこと仕切っていたデカイ豪族がいたということだ。

それは上毛野氏

デカイ豪族がいた辺りは、上毛野と呼ばれていた。豪族の正体は上毛野氏だ。

ちなみにこの辺りにある、鬼怒川は元は毛野川と呼ばれていた。


上毛野氏は、日本書紀続日本紀辺に頻繁に出てくる。それも大和朝廷の中心的な存在として。
白村江の戦いの第一軍の総大将も上毛野稚子というオッサンだ。他にも律令制定のメンバーだったりとか、大事な場面でしょっちゅう登場する。

また、上毛野氏とは別に下毛野氏という豪族も色々な場面で登場する。
上毛野氏が群馬辺りを中心としており、下毛野氏は栃木辺りを中心としていたらしい。
おそらく元は毛野氏という一つの勢力だったのだろう。

日本神話に出雲の国譲りの話があるが、これと似たような感じで、別の勢力だったものが、大和朝廷に合流していったということだと想像できる。

大和朝廷は、日本各地の存在した小国家の共同体的な形で始まったのだろう。



参考
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  • 続日本紀(上) 全現代語訳 (講談社学術文庫)  [ Amazon ]
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