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倭寇る

倭寇はじめました

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何で倭寇始めたの?
ボクは横浜の僻地から、倭寇がいたであろう西に向かって問いかけた。

すると、西は答えた。
最初の頃の倭寇(前期倭寇)は、対馬壱岐辺りの島民や、博多、瀬戸内海辺りの海賊がメンバーだったんだよ。
日本の海賊は、奈良時代辺りから縄張りを作り、行き来する船から通行料を取ったり略奪したりして、かなりの力を持っていたんだよ。

鎌倉時代。中国ではモンゴル帝国が作られ、日本に襲ってきたんだよ。
日本は九州の海岸線でなんとか食い止めたけど、対馬壱岐はボロボロだったんだよ。
島民は殺されたり、奴隷として連れていかれたり、田畑や建物は跡形もなく荒らされてしまったんだよ。

そこまで聞いて、聡明なボクは全てを理解した。
荒廃した島では、食っていけるだけの食料を得ることができない。
そこで島民は、本土の海賊たちに率いられ、朝鮮半島南部に略奪しにいくようになった。
これが、前期倭寇なんだと。

すると、いつの間にか背後にいた東が答えた。

前期倭寇は、基本的に朝鮮半島を襲い、たまに中国にも出ていく感じだったんだよ。
最終的に、李氏朝鮮の初代王、李成桂にやられて、消えていったんだよ。

ボクは東西に礼を言い、逆方向に歩き出した。

前期がいる。もしかしたら、後期もいるかもしれない。
早速「後期」でググった。
しかし、グーグルは、違う後期ばかりを答え続け、後期倭寇について、徹底的に口を閉ざした。

これは何かある。ヤバイ金の匂いがする。
ボクは、中国のネットショップから中国の本を買ってまで調べた。

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すると、後期倭寇について、だんだんと分かってきた。

倭寇の暖簾で金儲けをする商人たち

あっちこっちを襲いまくった前期倭寇は、「強い、ヤバイ、間違いない」のブランドイメージを確立した。

中国では、子供が悪いことをすると「そんなことしてると、倭寇に連れて行かれるよ」的な感じで叱っていたほどだった。

中国では、元が滅びると、明が中国を統一した。
明は貿易を独占する海禁政策を始め、今まで貿易で食ってきた商人たちを困らせた。

仕方ないので、商人たちは密貿易をはじめ、捕まらないように、武装を強化したり、日本の武士を用心棒として雇ったりした。
しかし、密貿易も徹底的にガサ入れをされ、中国の商人達は、食うのに困りまくった。

くっそーやったるで!
商人たちは、明の目が届かない、台湾や沖縄、九州の五島列島あたりに根拠地を置き、中国沿岸部を襲って略奪しまくるようになった。

こいつが後期倭寇だ。
商人たちは、安心の倭寇ブランドで略奪をしまくった。

明は、この後期倭寇にメチャメチャ手を焼いた。

後期倭寇と言えば、王直。

明政府とうまいことやりながら、国から独立した立場で金を儲けまくった。
日本に鉄砲を持ち込んだポルトガル人も、王直に案内されて日本にきたとも言われている。

その他にもスペインと戦争をおっぱじめた倭寇や、明の内陸まで攻め込んだ倭寇などもいる。
さらには、明が倭寇の密貿易のがさ入れをしたところ、その倭寇のメンバーにスペインに奴隷として連れてこられたアフリカの黒人がいたなどの記録もある。

それはまた別の記事で。



参考

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